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omochi's kitchen

アニメソングなどの考察をするブログです。いろんな人の意見が聞きたいので否定的意見以外であればコメントなどよろしくお願いします。

summer tears diary【考察】

わたくし、何を隠そう香澄夜空推しなのですが、この曲は香澄姉妹でなければならないとおもっていつも聞いています。

 

夏、というテーマにたいして、当時二階堂ゆずや早乙女あこといったポップ勢は「8月のマリーナ」を歌いました。この曲ときれいに対比しているのではないだろうかとぼんやり思っていたんです。正直、前作から楽曲同士の対比的表現のされることは多かったように思います。

 

歌詞では「見送る夏」と「夏のおしゃれした旅人たち」がわかりやすいと思います。8月のマリーナの舞台は「海辺の街」。出会いと別れの多い街だというのが想像できます。「バカンスの終わりには約束をのこしてね」なんて、絶対再会に期待している言葉ですよね。マオリちゃんの曲かな?でも、summer tears diaryでは別れがまるで「永遠」のように歌っています。この違いはきっと、作中の主人公の立場(育ち)だと思います。

 

8月のマリーナでは「海辺の街で育った少女」。活発で、人懐っこくて…それでいて、別れが「永遠」でないことを知っている、「別れと再会の経験が多い子」です。だからこそ、次に会うという未確定な約束をすることが出来る。時期は夏休み…8月ですね。こちらのほうが精神的には幼いのかもしれません。

「恋よりも先に楽しまなきゃ」。つまり、まだ「恋」が身近ではない、もしくは「恋をしても無意味」と心のどこかであきらめているような大人な少女です。私は前者だと思ってます。「映画で見たような男の子」。都会から来た、ちょっと大人な子。(後述しますが、ここもsummer tears diaryと対比できるのではないかと)この男の子と「約束」を交わし、連絡を取り合っている、取り合おうとしている、のだとわかりますよね。

 

summer tears diary。この曲では「都会育ちの女の子」。ちょっと大人びてて、でもどこか幼くて、別れがまだこどもの自分では「永遠」になりかねないと理解している。ここも、時期は8月。そして、9月になってしまえば、転校していく人がいる。ここは男の子でも女の子でもいいんじゃないかなって思ってるんですけど。どちらにせよ、この主人公からみれば、「大切な人」。そして、彼女、別れることを考えただけで、泣いてしまうんです。別にここで幼いとかということではなく、別れに対しての考えが、やっぱり重い。何年も一緒にいたとか、本当に大切な人とか。少なくとも、一夏以上の関係です。そんな人が、去っていく。

「いつかは思い出の中で、君を探しても気づけない日がきて」。こどもの自分にはまだまだたくさんの出会いがまっていて、未来があって。そんな思い出に埋もれて、去っていく人が思い出せなくなる日が来ることがつらいのかもしれません。だから、あえて、「新しい場所でも、君は君らしく。」。「忘れないで」とも「いかないで」とも違う。背中を押す言葉。ここを香澄姉妹が歌うとかなりなきそうです。「流れ星」に願ったこと。それはきっと「いかないで。」。でも、その願いは言い切れないんです。彼女の中にある思いはこれひとつ限りではないから。

 

そして、この二つの曲は「9月に対しての心のベクトル」が違うんですね。「希望」か、「失意」か。大きく出てしまうと未来に希望が持てるかどうかなんですよ。それでも生きていくしかない。

 

そして、4月。香澄夜空は海外へと旅立っていきます。